「ザ・インコ」の世界

3年前、私は部屋を探していた。条件は、原稿仕事もでき、キッチンが大きくて、料理教室が開け、かつ写真撮影もできること。そんな妙な条件ゆえ、部屋探しは難航したが、あるとき、不動産会社の人が、ぴったりの物件がある、と連絡してきた。

現在はまだ店が営業しているが、来月移転になるので、そのあとに入居してはどうか、という話。写真や間取り図を見ると、間口1.5間ほどで奥に細長く伸びた、かなり不思議な形をした2階建ての建物だ。オーナーはギャラリーにでもするつもりだったらしい。

で、とりあえず、営業中の店を見に行くと、そこは、インコ飼育用のグッズや餌などが所狭しと並んだ、インコファンのためのお店だった。インコ飼育の世界を垣間みるのは初体験、何やら独特の空気を感じる。

その空気感がさらに濃厚になったのは、2階を見せてもらったときだ。そこは、ふだんはかごの中で飼わざるを得ないインコを放し、そこで飼い主と存分に触れ合ってもらう空間になっていて、いわばインコ版のドッグランのようなもの。靴を消毒して薄暗い部屋入ると、そこでは、一匹のインコが枝に止まり、その飼育者とおぼしき男性とが、何やら話しかけながら、愛溢れる眼差しで、インコをじっと見ていた。

はっとしてこちらを見る男性。おたがい何も悪いことをしているわけじゃないのに、気まずさが流れる。二人きりの時間を乱してしまったことに、なんとなくいたたまれない気持ちになって、内部のチェックもそこそこにすぐに退散したが、あの空間に流れていた濃い空気感と、とめどなく慈愛の感情が溢れ出るような、あの飼い主の眼差しは、私に強烈な印象を残した。

その物件のオーナーは有名なインコの権威で、本も出しているという。最初にその名前を聞いたときは、「あのisologueの書き手が実はインコの権威?」と驚いたが、調べていると単なる同姓同名で、早速アマゾンで探すと、こんな本が出てきた。

ザ・オカメインコ (ペット・ガイド・シリーズ)
幸せなインコの育て方・暮らし方
ザ・インコ&オウム―コンパニオン・バードとの楽しい暮らし方 (ペット・ガイド・シリーズ)
インコ・ブンチョウ 手のりの小鳥楽しみ方BOOK
インコをよい子にしつける本 (ペット・ガイド・シリーズ)


いずれも「育て方、楽しみ方、暮らし方」といったタイトルで、「飼い方」ではない。そのタイトルだけでインコは仲間、友人、決して単なるペットではなく、人間が上から目線で飼ってやるようなものではない」というような主張が感じられる。そのうえ、amazonの評価がすべて☆5つ。(これは当のisologueでも指摘されていた!)インコへの愛と本への賛辞がたくさん寄せられている。

残念なことに、一昨年に「飼い方」というタイトルの本が出て、また☆もオール5ではなくなったが、それでも、コメントの数は増え、この著者のページの不思議な熱気は変わらない。

そして、その不思議な熱気の謎を解く、大変印象深い一冊の本が出版された。

『不義理なインコ』

短歌とインコの写真を組み合わせた電子書籍だ。佐々木あららの『モテる体位』『モテる死因』もあるし、電書短歌集は今後も注目かもしれない。

「かみころせ、花火にはしゃぐカップルを」インコに話しかけた午後四時


すぐ求めすぐ甘えすぐ怒りすぐ驚くオカメインコみたいに


「オハヨー」としゃべるインコと「おはよう」と返すアナタは似て非なるもの


インコ好きがインコに与える愛は、「エロス=見返りを求める愛」ではなく、「アガペ=無償の愛」だ。しかし、多くの人はただ愛を与え続けられるほどの高潔な存在ではない。だから、見返りが欲しくなる。エロスが入り込む。悶々とする。ときに「ただ愛を与える」穏やかな心境に立ち戻り、しかしまた揺れ動く。

インコ界の人たちのあの「熱」がなんとなく理解できたと同時に、この3年間、それがずっと気になっていたのは、その熱を自分が決して嫌いではないからだ、とわかった。

たぶん、この短歌という形式じゃなかったら、その複雑な心情と真情に触れるところまでいかなかったと思う。それに著者がインコに対して持つ気持ち、人にとってかなり普遍的な感情でもある。特異性と普遍性のあいだから読み手を共感させるものがビンビン飛んでくる。

というか、インコ、結構かわいいじゃないすか。オカメインコとか、ちょっと惚れつつある。例えばこれ、みてください。

ゆめみるオカメインコ


鳥関係の学者の本が妙に面白いのは「本のキュレーター勉強会」でも指摘されているところだが、同じ鳥でも少しベクトルを変えれば、まだまだ開拓の余地がありそうである。

ただ、残る謎がひとつある。なぜ、「ザ・インコ&オウム」とか、「ザ」がつくんだろう? この謎を解くには、おそらくもっともっと深く、インコの世界に潜ってゆくしかないのかもしれない。

ちなみに『不義理なインコ』はドネーションウェア。歌集が面白かったら「投げ銭」のほか、「投げ粟穂」(インコのえさになるような野菜や果物)を、ということなので、私も何かしようと思っている。